(k)night of SAVANNA #Ep.
3月、俺たちは卒業を迎えた。卒業式が終わると、それぞれの教室に戻って担任が最後の言葉を述べた。女子生徒は皆、目に涙を浮かべていた。それも終わりいよいよ解散となると、俺たちは部室に集まった。
自分が持っていた合鍵で部室の扉を開けると、中にはまだ誰もいなかった。中のものが全て運び出された部室は、俺が知っている部室よりも随分と広く見えた。中にあったものは、持ち込んだ者がそれぞれ持ち帰ったのだった。
俺が扉の前に立ってまじまじと室内を見渡していると、「なにしてるんだよ」と後ろから声を掛けられた。振り返るとそれはハゲタカとサイだった。俺たちが室内に入ってしばらくすると、ワニとハイエナもやって来た。
「ここに来るのも、今日で最後かあ」ワニがしみじみと言う。
「そうだね」ハイエナが名残惜しそうに、壁をそっと触れた。
ハゲタカは部屋の空気を吸い込み、腕を伸ばした。その伸ばした腕がちょうど俺の顔の前に来た。
「邪魔だ、ハゲ」
「ハゲじゃねぇよ」
サイが窓を開け放つと、ふわっと風が部室を駆け抜けた。空は快く晴れ渡っている。風の匂いに春がすぐそこまで来ていることを感じた。
俺はこの部屋で過ごした日々を思い返した。初めてこの部屋に来たときも、今と同じように何もなかった。皆思い思いのものを持ち込んだ。最初の頃、ハゲタカとハイエナはよく喧嘩をしていた。俺も何度か誰かといさかいを起こしたこともあった。そんなとき、俺はこの部屋にいづらくなって、屋上へ行った。だがあの日、サイに助けられてからは、そんなこともしなくなった。
そして、有希と会った。有希のことも、この部屋に関する思い出のひとつだ。
俺は、あの雪の日のことを思い起こした。
日付が変わったことを指し示した時計を、俺は呆然と眺めていたが、指先が冷え切っていることを感じて、中に戻ろうと振り返った。するとちょうどワニが出てきた。
「雪だ……」ワニは空を見上げて呟いた。
「どうしたんだよ」俺はワニに尋ねた。
「どうしたって、ただ俺も外の空気を吸いにきたんだよ」
ワニは縮こまるようにして腕を組んだ。俺たちは並んで、雪の降る空を見上げた。
「……有希ちゃん、病気だったんだな」ワニがふと言った。
「全然気付かなかった。咳き込んでるとことか、見なかったよな?」
「咳の出ない病気だってあるだろ」
「あぁ、そっか」
するとまた扉が開いた。見るとハゲタカとサイだった。
「なんだ、お前らも来たのか」
「おぉ! 雪だ。どおりで寒いと思った」ハゲタカはワニの言葉を無視して空を見上げた。
「ハイエナは?」俺はサイに尋ねた。
「鈴木さんの様子を見に行ってくれた」
「……そうか」
しかし、それからしばらくしてもハイエナは戻ってこなかった。
「遅ぇな、ハイエナのやつ」ハゲタカが息を白くして言った。
「とりあえず中に戻ろう」俺が皆にそう促したとき、ようやく扉が開きハイエナが現れた。
「おい、有希ちゃんは?」真っ先にハゲタカが聞いたが、ハイエナの顔色は暗い。
「……おい」俺も先を急かした。
しかしハイエナはぐっと俯き、ゆっくりと首を横に振った。
「おい……どういうことだよ」血の気が引くのが分かった。
「手術中に……鈴木さんは…………」
ハイエナは涙をこらえているようで、その後の言葉は出てこなかった。俺自身も、直接その言葉を聞くのは耐えられなかった。
涙が込み上げてくるのを、俺は必死でこらえた。
「くそっ……くそぉ!」ハゲタカは何度も叫んだ。
ワニは目の辺りを右手で隠して歯を食いしばっていたし、サイは皆に背を向けて空を仰いでいた。
「どうして……」ふとハイエナが漏らした。
「どうして、こんな……。僕は彼女に何もしてやれなかった」
「くそぅ……」
ハイエナの言葉に、ハゲタカが声を裏返した。そしてハイエナは一つ鼻を啜って続けた。
「僕は……無力だった」
「うるせぇよ!」俺は思わず叫んでいた。
「無力だって、そうやって思うから何もできねぇんだよ!」
「だったら、俺たちに今更何ができるってんだよ! 有希ちゃんは、もう……」またハゲタカがわめく。
「そんなもん、俺が知るか!」
「……忘れるな」サイが呟くように言った。皆ゆっくりとサイに目をやる。
「忘れるな。俺たちが彼女にしてやれることなんて、もう、そのくらいしかない」
「…………忘れない」ワニが噛み締めるように言った。
それからは誰も口を開かなかった。各々が『忘れない』という言葉を、胸に刻みつけているようだった。
真っ暗な空を仰ぐと、依然こんこんと雪が降り続いている。まるで自分が空に昇っていくような錯覚を覚えた。
「俺は、あいつに救われたよ」
俺はそう呟いてみた。
――俺は、あいつを救ってやれたんだろうか?
青い空を見上げながら、俺は心の中で呟いた。
「レオ」
その声に俺は振り向いた。4人が並んでいる。
「そろそろ、行こうか」
ハイエナの言葉に俺は窓辺を離れた。
「腹減ったなぁ」ハゲタカがのんきに言う。
「何か食っていくか?」そう言って部屋を出ようとしたとき、
「あ」ハイエナが何か思い出したように呟いた。
「これは、置いていこう」
ハイエナが持っていたのは部室の鍵だった。ハイエナは何もない部屋の真ん中に、ぽつんと鍵を置いた。
「そうだな。もうここに来ることもねぇしなぁ」ワニがその隣に自分の鍵を置く。
「そうやさ、誰のがコピー元の鍵なんだっけ?」ハゲタカが自分の鍵を置きながら尋ねる。
「……ハイエナのじゃないか」サイは答えながら鍵を置く。
「僕のじゃなかったはずだよ」しかしハイエナは首を横に振った。
皆顔を見合わせたが、誰も自分のものがオリジナルだと名乗らなかった。たぶん、皆完全に忘れてしまっているんだ。
「ま、どうでもいっか」そうハゲタカがけろりと言ったとき、
「あ」サイがかすかに呟いた。
「お、思い出した?」とハゲタカ。
「……いや、この鍵も置いていこう」そう言ってサイは内ポケットからもう一つ鍵を取り出し、今自分が置いた鍵の隣に並べた。
「なんの鍵だよ、それ?」ワニが尋ねた。
「……屋上の鍵だ」
「あぁ!」サイが答えた瞬間に、ハゲタカが叫んだ。
「それ、俺が苦労して貰ってきてやったヤツじゃん。なくなったと思ったら、お前が持ってたのかよ!」
「……悪い。昨日引き出しを整理してたら出てきたんだ。俺も完全に忘れてた」
俺はサイがその鍵を持っていたことを知っていたが、あえて何も言わなかった。
「でもさぁ、それ置いていったら、屋上の合鍵が出回ってるって教員にばれないか」ハゲタカが半ば人事のように言った。
「そうだなぁ、あとのやつらが困るかもなぁ」ワニが続く。
「いいじゃん。僕らにはもう、関係ないことだし」そう言ったのは意外にもハイエナだった。
「……そうだな」サイもそれに賛同した。
「じゃあ、あとはこれだけか」俺は自分の鍵を取り出した。
そして俺は、その鍵をそっと床に並べる。銀色の鍵が6つ並んで輝いている。
「よし、じゃあ行くか」
立ち上がりながら言うと、皆ぞろぞろと部屋を出た。
「あー、腹減ったな」
「それ、さっきも聞いたよ、ハゲ」
「ハゲじゃねぇよ」
俺が最後に部屋を出た。扉を閉める間際、俺はもう一度部屋を見渡した。
「おいレオ、行くぞー」
「あぁ、今行く」
俺は部室の扉を閉めた。